2009/03/10

物書きは慎重に


何でも持て囃すのは俗な日本人の典型といったところでありましょうか。

持て囃すだけならまだしも、いきすぎてる場合もありますよ。

今日はそんな話。


書籍か新聞か忘れてしまいましたが、肉の話でこんな感じの事が書いてあった事がありました。

「肥育されている環境の殆どが既に動物虐待にあたる」

「自然に近い環境で育てるべきだ」

眼を疑いましたね。

毎日同じモノを食わされて、狭い枡で囲って、運動もろくにさせず、堆肥もろくに出さない。

それは虐待に当たると。こう言っている訳です。

じゃあそちらさんが旨い旨い言って書いているそれは何なんだ?綺麗にサシが入っている肉はなんだ?

「この肉は一頭づつ飼われて、適度な運動と毎日清掃をしている」

「環境が良いと、肉が良くなる」


・・・


それは御もっともなんですね。実際そうだし。

では


「サシが入っている時点で人間ならもう完全に病気じゃないか」

「太らせる為の良い環境なんて事事体が間違いだ。それこそ虐待だ」

とはならんのでしょうか?

そうならんところに単純に苛立ちを覚えたんです。

「多くの肥育屋はこんな現状」


と世間様に植え付けられたとしたら、かなりつらい。

一頭飼いは出来ないながらも、枡に詰めすぎないようにとか。
暖かい日は外に出したりとか、堆肥も毎日とはいかないけどマメに出す様にしてるとか。

牛屋の皆も出来ないながらも「より良く」と考えてやっているところも多いだろうに。


前出の言葉の通りに考えている人なら、ペットも虐待でしょうかね。
飼われている動物たち全てがその時点で虐待?


「てめぇ!寝言は寝て言えよ!」となります。

なんぼでも話がずれていきそうなので、このあたりでやめましょう。(笑)



まぁ、俺はこんだけいい肉を選んでるって言いたいんならそう言えばいいでしょうが。

その牛の良さを伝えるのに、他が虐待に近い事をしているまで書く必要がどこにあんのかと。


著者に悪意があるにせよ、無いにせよ・・・


知的な物書きである感じはしないですよね。


持ち上げ方、持て囃し方にももっとやり様があるだろ?と思ってしまいます。




と、結構前にそんな状況に出くわした為、その時にこんな稚拙な文章をつらつらと書いてしまったんですが。

生業の話を出しての文章はあまり好きじゃないんで、これは隅っこで放置されてました。(笑)